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福島地方裁判所いわき支部 昭和57年(ワ)123号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木宏一

被告 乙山株式会社

右代表者代表取締役 丙川春夫

右訴訟代理人弁護士 松浦安人

主文

一  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、金四七万二九二〇円及び昭和五七年六月二五日以降本判決の確定に至るまで毎月二五日限り金一六万九〇二〇円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、金七七万一八五八円及び昭和五七年六月二五日以降本判決の確定に至るまで毎月二五日限り金一六万九〇二〇円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

《以下事実省略》

理由

一  本件労働契約の性質について

1(一)  被告が海運業を業とする株式会社であり、福島県いわき市内に小名浜支店を有するものであること、原告が昭和五六年一二月二九日、被告会社小名浜支店の作業職員として三か月の試用期間を設けて雇用され、昭和五七年一月四日から被告会社に勤務していた従業員であること、被告会社の作業職員就業規則二七条によれば、新規採用者については原則として入社の日から三か月間を見習期間とし、原告は右見習期間中であったことは当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば次の事実を認めることができる。

(1) 被告会社小名浜支店は、港湾荷役作業と船舶代理店業務を営業しているが、その社員には事務職員と作業職員があり、原告は、作業職員のうち月給職員として採用されたものであるが、月給職員は、日給職員、臨時職員と異なり、定期昇給とか昇進があるものの、その職務内容は他の作業職員と同様、船内の物資を機械を使って陸揚げしたり集めたりするいわゆる肉体労働であって、船舶の入港中の一定期間内に適切に作業を完了する必要がある職種である。

(2) 作業職員就業規則二条は「作業職員とは会社と雇用期間の定めのない労働契約を締結している現場作業に従事する者をいう。」と定め、同規則二七条四項は見習期間を勤務年数に通算する旨の規定のほか、同規則二七条三項には「見習期間中又は見習期間満了の際、引続き従業員として勤務させることが不適当と認められる者については三二条に従い解雇する」旨の規定があり、そして同規則三二条は、本採用職員について、「止むを得ない業務の都合による場合」等の普通解雇事由が存在する場合には、但書の場合を除いて、三〇日前に予告するか、又は平均賃金の三〇日分を支給して解雇する旨を規定している。

(3) 原告は、入社後、被告会社から解雇の意思表示を受けるまでの間は、見習期間中の指導、教育の一環として荷役作業の現場見学などをするのみで、ほとんど作業に従事していない。なお、原告と同時に採用された作業職員六名は、いずれも見習期間経過とともに特段の採用手続を経ることなく本採用となっており、過去においても、新規採用者で本採用を拒否された事例はまずなかった。

2  そこで、右見習期間(以下、試用期間ともいう。)中の労働契約の性質について検討する。

(一)  一般に、使用者が労働者を雇傭するに際して一定期間の試用期間をおく趣旨は、採否決定の当初においてはその者の資質、性格、能力その他業務適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い適切な判定資料を蒐集することが十分にできないため、その後における調査や観察に基づき、右事項を判断し、これらを欠くと認める者を企業から排除することができるようにすることにあるものと解せられるところ、前記1の事実に照らせば、原被告間に締結された本件契約も試用期間中に被告において、原告の資質、性格、能力その他適格性の有無に関連する事項を調査し、これらを欠くと認めるときは解雇できる旨の解約権が留保された期間の定めのない労働契約であるということができる。

(二)  ところで、原告は、見習職員についても、本件就業規則三二条に規定する本採用職員についての解雇事由に該当しなければ解雇できない旨主張するが、右のような見習期間を設けた趣旨に照らし、同規則二七条と三二条の規定の文言を総合勘案すれば、同規則二七条三項は、見習職員については、本採用職員の解雇事由の制約をも受けるほか、見習職員に特有の「引続き従業員として勤務させることが不適当と認められる」場合という解約事由が付加され、かかる事由に該当するときは同規則三二条の定める手続に従って解雇することができる旨を規定したものと解するのが相当である。

(三)  前示のとおり、留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められるけれども、試用者は、本採用後の雇傭関係におけるよりも弱い地位であるにせよ、当該企業との雇傭関係の継続についての期待の下にいったん雇傭契約に入った者であるから、その立場は十分尊重する必要があり、右留保解約権の行使は、前記解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものと解するのが相当であり、本件就業規則二七条三項もそのような趣旨に解釈すべきである。

二  本件解雇の効力について

1  被告が原告に対し、昭和五七年一月二三日、平均賃金の三〇日分を提供して解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがないところ、被告は解雇の理由として、原告に経歴の詐称があったことを主張するので、まずこの点について検討する。

(一)  採用時における原告の申告内容

(1) 原告が、被告に採用されるに先立ち、被告に履歴書を提出していること、同履歴書の学歴職歴欄には「昭和四五年四月福島県立A高等学校入学、昭和四九年三月同校卒業、昭和五二年五月E商工組合入社、昭和五五年二月家事都合により退社、同年一〇月G運輸入社」との記載があること、採用試験の面接試問の際に、被告小名浜支店長である三木富夫が高校を四年かかって卒業している点について確かめたところ、原告は「アルバイトをしていたので遅れた」旨答えたこと、更に、三木支店長において「政治活動などしたためではないだろうね」と聞いたところ、原告は「そのようなことはありません」と答えたことは当事者間に争いがない。

(2) 《証拠省略》によれば、昭和五六年一二月二六日に行われた前記採用試験の面接試問において、履歴書によれば、高校卒業からE商工組合に就職するまでに三年間の空白があるため、この点につき、三木支店長から「高校を出てから就職まで三年間あるがこの間は何をしていたのか」との質問があり、原告は、「B大学の経済短期学部に入学した。昼間働き、夜大学に行っていたが、仕事で疲れて勉強が手につかず、とても卒業できないだろうと思い二年で中退した」旨答えたことが認められる。もっとも、証人三木富夫、同梨木徳夫は、右採用面接の際にB大学への入学及び中退の事実は聞いていない旨証言し、《証拠省略》にも同旨の記載があるが、他方、証人三木富夫も「原告の履歴書によると昭和四九年に卒業して昭和五二年に第一回の就職をした事になっていましたので卒業をしてから就職をするまでの三年間何をしていたかと云う質問はしましたが、それに対しどの様な答えをしたか記憶はしていません」旨証言しているのであり、同人の右証言と前記原告本人尋問の結果に徴すれば、右の点に関する《証拠省略》はにわかに信用することはできない。

(二)  原告の経歴について

(1) 原告がA高校二年在学中に無断欠席を理由に七日間の自宅謹慎処分に処せられたこと、昭和四六年一一月一一日に無期停学処分を受けたこと、右処分に抗議して六日間ハンガーストライキを行ったこと、昭和四七年四月七日第二学年に復学し、昭和四九年三月卒業したことは当事者間に争いがなく、右の事実に《証拠省略》を総合すれば、原告は、高校二年生であった昭和四六年九月、成田空港建設反対闘争に参加するため高校を一週間くらい無断欠席したところ、同年一〇月二日に無断欠席を理由に七日間の自宅謹慎処分に処せられたこと、原告らは、この処分に抗議するとともにその撤回を求めて、授業をボイコットしてデモ、集会等を行い、又、学校長に面会を強要したこと、原告は、そのため、学園の秩序を乱したとの理由で同年一一月一一日に無期停学処分を受けたこと、原告は、この処分に抗議するためと学校側との話し合いを求めて、学校の許可を受けないでテントをはり、同月二九日から六日間のハンガーストライキを行ったこと、昭和四七年三月右停学処分は解除され、同年四月七日誓約書を提出して第二学年に復学し、昭和四九年三月同校を卒業したことが認められる。

(2) 原告が昭和四九年四月にB大学経済短期学部に入学し、昭和五一年三月に退学していること、原告は昭和五一年四月はC精肉店に就職し、同年一〇月同店を退職したこと、同月D事務所非常勤職員として採用され、昭和五二年四月同所を退職したこと、同年五月E商工組合に就職し、昭和五五年二月同組合を退職したこと、同年七月F工業に就職し、同年九月同社を退職したこと、同年一〇月G運輸に入社したことは当事者間に争いがない。

(3) 《証拠省略》によれば、原告は、A高校在学中から第四インターナショナル日本支部のメンバーの人と交渉を持つようになり、同支部の思想に共鳴し、その機関紙である「世界革命」を購読していることが認められるが、それ以上に、原告が同支部のメンバーであること及び高校卒業後本件解雇に至るまで政治運動に参加したり、特定の政治目的のため過激不法な政治活動に加わり違法行為を行ってきた旨の被告主張事実は本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

(三)  経歴詐称の有無及び原告が経歴を詐称するに至った動機について

前記(一)(二)で認定した各事実に基づいて経歴詐称の事実の有無等について検討する。

(1) 学歴について

原告は、その提出した履歴書にはB大学入学及び中退の事実を記載しなかったものの、《証拠省略》により認められるところによれば、右不記載は、原告が学歴としては卒業したものを記載すれば足りると考えていたことによるものであり、しかも前示のとおり、採用面接の際には三木支店長の質問に答えて、大学入学と中退の事実を申告していたことが認められるのであるから、原告が学歴を詐称したとの被告主張事実は、これを認めることができない。

(2) 職歴について

原告は、履歴書に、C精肉店、D事務所、F工業における各勤務を職歴欄に記入していなく、この意味において職歴を詐称したものであることは否定できないところ、右詐称の動機について《証拠省略》によれば、右各職歴はいずれも半年足らずの短期間のものであって、アルバイト的なものであったため、原告において特に記載しなくともよいと考えて記載しなかったものであること、そして、右期間については履歴書の職歴欄は空白にしておいたのに採用面接においてはその点につき特に質問されなかったため、原告においても敢えて申告はしなかったことが認められる。

(3) 高校時代の処分歴について

原告は、学園闘争のため無期停学処分を受け、そのために高校卒業に四年間を要したことについて、採用面接の際に三木支店長からその点を質問されたのに対し、若し真実を述べれば被告会社に採用されないのではないかと考え、咄嗟に「アルバイトをしていたので遅れた」旨答え(《証拠省略》により、これを認める。)たところ、更に同支店長から「政治活動などしたためではないだろうね」と聞かれて、「そのようなことはありません」と答えて、高校時代の処分歴、ひいては学園闘争をしたことや政治活動歴を故意に秘匿し、高校卒業に四年間を要した理由について虚偽の申述をなし、この意味において経歴を詐称したものということができる。

(四)  本件解雇に至る経緯

《証拠省略》によれば次の事実を認めることができる。

(1) 被告会社としては、原告の提出した履歴書及び採用面接における原告の申告を信じて原告を採用したが、昭和五七年一月一二日ころ、三木支店長は、被告会社の職員から「甲野君(原告)は第四インターだ。高校の時には激しい学園闘争をした人物です」ということを聞き、梨木徳夫作業部長等にその調査を命じた。

(2) 右調査の結果は同月一九日ころまでに三木支店長に報告され、これにより、原告の前記高校時代の活動及びそれに対する処分が判明するとともに、職歴についても電話照会等により履歴書に記載されていない職歴のあることが明らかとなった。そして被告会社では、右高校時代の学園闘争を第四インターナショナルが支援している旨の当時の新聞記事により、原告もそのメンバーであると判断した。

(3) 同月二〇日、三木支店長は、原告に対し、「面接の際、政治活動はしたことがないといっていたが、政治活動をしているようだね。学校を留年した理由はアルバイトしていたというのは違う。いろいろ嘘が多い。やめてくれ」と申し向け、暗に退職を勧告したが、原告は「思想信条でやめてくれというのは憲法違反だ」と反論して、これを拒否する態度を示した。そこで、被告会社は、同月二二日、役員会において、原告の経歴に関し嘘が多いこと及び原告が第四インターナショナルに所属していることを理由として解雇することを決定し、同月二三日「引続き従業員として勤務させることは不適当である」旨の理由を付した書面をもって原告に対し解雇を通告した。

2  以上の事実関係のもとで本件解雇の効力について検討する。

(一)  一般に、使用者が労働者を採用するに当って履歴書等を提出させその経歴を申告させるのは労働者の資質、能力等を評価し、当該企業の採用基準に合致するかどうかを判定する際の資料とする等のためのものであるから、労働者が使用者の行う採用試験を受けるに当り、使用者側から調査、判定の資料を求められた場合には、できる限り真実の事項を明らかにして信頼形成に誤りないように留意すべきであり、このことは労働契約を締結しようとする労働者に課せられた信義則上の義務というべく、従って、労働者が自己の経歴について虚偽の事実を申述したり、申述すべき事項を秘匿することは重大な信義則違反行為であり信頼に値しない者であるとの人物評価を受けることは当然である。しかしながら、これを理由としてその者の作業職員としての適格性を否定するためには、右秘匿等にかかる事実の内容、秘匿等の程度及びその動機、理由等に照らして、右の秘匿等の所為がその者の人物評価に及ぼす影響の程度を参酌したうえ、それが客観的にみて、その者の作業職員としての適格性を否定するに足りる合理的な理由として是認される場合でなければならない。これを本件についてみるに、被告の主張にかかる経歴詐称についても、原告に秘匿等の事実があったかどうか、秘匿等にかかる事実の内容、態様及び程度ならびに秘匿等の動機、理由等のほか、これらの事実関係に照らして、原告の秘匿等の行為及び秘匿等にかかる事実が同人の入社後における行動、態度の予測やその人物評価等に及ぼす影響の程度、さらにそれが被告の採否決定につき有する意義と重要性等を総合勘案し、それが被告において留保解約権に基づき原告を解雇しうる客観的に合理的な理由となるかどうかを判断しなければならない。

(二)  そこで以下、本件経歴詐称が右の場合に該当するかどうかについて検討する。

(1) 本件経歴詐称のうち、学歴の点については、原告においてこれを詐称した事実の認められないことは前示のとおりである。

そこで、被告主張の職歴詐称について判断するに、一般に労働者は労働契約の締結にあたり、使用者に対し、真実の職歴を申告ないし回答すべき真実義務を負担するものであるけれども、あらゆる職歴に関して真実義務を負うものではなく、長年月の間に多数の職歴がある場合に、六箇月程度の比較的短期間の職歴は、履歴書には記載しないということが通常行なわれているところである。本件において原告は、前示のとおり、五社に及ぶ転職のうち三社についての職歴を秘匿しているけれども、いずれも二箇月ないし六箇月程度の短期間でしかも臨時的なものもあり(原告はそのことの故に履歴書に記載する必要はないものと考えたというのであり、秘匿の動機についても一応宥恕されるべき点もないわけではない。)、かかる職歴を秘したことが、原告の港湾荷役作業職員としての資質、能力の評価に関する重要な経歴を詐称したものというに足りず、従って、原告の前記職歴の詐称自体はそれのみでは解雇の理由とはなり得ないものというべきである。

(2) 次に、高校時代の処分歴の詐称について検討するに、原告が高校を卒業するのに四年間かかった理由について、無期停学処分に付されたことを秘し、アルバイトをしていたためである旨虚偽の申告をしたことは明らかである。右処分の原因となった学園闘争は、学校側の一連の処分に対する原告らの抗議行動によるものであるが、前示のとおり授業放棄や学生集会、ハンストの敢行等その態様、程度において学校内の秩序を無視した相当過激なものであったことが窺われる。のみならず、当時原告が成田空港建設反対闘争に参加して積極的な政治活動をしていたことに徴すれば、原告の面接試験の際に、前記処分に付されたことを秘匿したのは、右事情が被告会社に知れることによって、被告会社に採用されない結果を生じることを免れようとする点にあったと推認するのが相当である。

しかしながら、心身ともに激しい発達過程にある高校生が、政治問題に相当の関心を有し、政治活動に参加していたとしても、それがそのまま、一〇年後の今日の人物評価の資料になるとは限らず、そしてこの理は、処分の対象とされた原告の抗議行動についても妥当するのみならず、これに対する処分も、教育的懲戒処分にすぎず、反社会的な違法行為に対する刑事処分とはおのずから異なるものである。しかも、原告の受けた右停学処分は、約五か月後には解除されており、以後原告は何らの処分を受けることなく高校を卒業し、また、被告会社に採用されるまでの約一〇年間についても過激不法な政治活動もしくは違法行為に及んだという事跡は認められないうえ、《証拠省略》によれば、原告の従前の各職場及び被告会社における勤務態度には格別支障はなく、いずれも真面目に勤務し、業務遂行上及び職場の人間関係においても、特に問題はなかったことが認められる。

もっとも、被告は、原告において右処分歴を申述していれば、調査を尽くして原告が第四インターナショナルに所属していることが容易に判明した筈であり、そうであれば原告を採用していなかったのであるから、右処分歴の秘匿は採否決定にあたり重要な意義を有する旨主張するが、企業者は、労働者の雇入れの段階においては大幅な採否決定の自由が認められ、思想・信条によっても雇入れを拒否することができるけれども、雇入れ後の段階においては、解雇の一般法理が適用され、試採用者といえどもその立場は十分尊重されなければならなく、留保解約権の行使について制約を受けるものであることは前示(一2(三))のとおりである。これを本件についてみれば、被告会社のような海運業を営む私企業において、作業職員としての地位にある原告が、被告主張の団体に所属し、またいかなる思想・信条を有していたとしても、それによって直ちに被告会社の対外的信用や企業秩序が毀損され、企業の円滑な運営に支障をきたす虞れがあるものとはいえなく、したがって、原告が特定の団体に所属していることや原告の思想傾向の知・不知が、被告会社にとって主観的には採否決定にあたり重要な事項であったとしても、被告主張の右理由のみでは、未だ留保解約権の行使を正当として是認するに足りる客観的・合理的な理由ありとはいえない(のみならず、前記のとおり、被告は労働者の採用にあたっては思想的傾向を重視した旨主張するのであるが、原告の採用については信用のある縁故者の紹介によるものであって、そのため原告の身上等の十分な調査をすることなく採用した旨自認するところであり、右のような安易な調査のみで原告に被告会社における作業職員としての適格性ありと判断して採用したものである以上、かかる調査・判断の軽率さを度外視して、調査により判明し得た筈の原告の処分歴ひいてはその思想傾向を問題視し、原告の作業職員としての適格性を否定するのは、信義則に徴しても著しく妥当性を欠くものといわざるを得ない。)。

これを要するに、原告の処分歴の詐称又はこれにより秘匿された高校生当時の抗議活動や思想傾向は、前記認定・説示の諸事情に照らすと、原告の港湾荷役作業職員としての能力や適格性を否定する資料とするに足りないものというべきである。

(三)  そうだとすれば、被告が原告の解雇理由として主張する職歴及び処分歴詐称の事実は、各独立には解雇理由となり得ないものであり、また、被告の主張する解雇理由を総合して考えても、原告が被告会社における港湾荷役作業職員としての能力、適性を欠くものということはできない。

(四)  以上によれば、被告の主張にかかる原告の経歴詐称は、被告会社の作業職員就業規則二七条三項の解雇事由には該当せず、したがって、留保解約権の行使が許されないのになされた本件解雇は無効なものというべきである。

(五)  ところで、被告は、本件解雇後、原告の行った抗議行動は違法、不当であり、それが、本件解雇の有効性を裏付けるものであると主張しているので、この点について以下付言する。

(1) 原告が、被告小名浜支店前路上において、本件解雇が不当であることなどを被告会社の従業員等に訴えたことは当事者間に争いがないところ、これに、《証拠省略》を総合すれば、原告は、被告から解雇の意思表示を受けた昭和五七年一月二三日以後、同年三月ころまでは、一人で被告に対し、就労を要求し、又、本件解雇の不当を被告会社従業員らに訴えていたが、被告会社としては再考の余地はないとしてかたくなな態度をとっていたこと、同年四月からは原告を支援する者一〇数名と集団で、ゼッケンをつけるなどして被告会社小名浜支店前で集会を開き、解雇撤回を要求したが、その際、スピーカーを使用して事務所に向けて大声で連呼する等したため、被告会社では、これに備えて警備員を増員し、実力による対抗措置を講じ、このため両者の間で小ぜり合いが生じ、騒音で被告会社の業務が妨害されたこと、また、原告らは被告従業員、通行人らにビラを配布しているが、その中には被告会社や三木支店長の名誉にかかわる内容の記載があったこと、同年六月下旬には被告会社のレンガ塀や鉄柵に釘やチョーク等で落書がなされていること、原告らのデモは、本件解雇の撤回とそのための交渉を求めるものであったが、双方の感情的対立から十分な話し合いの場が持てなかったこと、このような原告らの行動は、被告会社の取引先に対し労働争議の印象を与え、発注を控える荷主も出て、受注量が一時減少したこと、本件訴訟提起とその進展に伴い、原告らの抗議行動としてのビラ配りやスピーカーを使用する回数も少なくなっていることが認められる。

(2) 右事実によれば、原告及びその支援者らが本件解雇後になした抗議行動は、穏当を欠き、被告会社の業務に支障をきたすなど、行過ぎにわたる点があったことが認められる。しかしながら、右行動は、本件解雇という深刻な事態に直面した原告が、その撤回を求めて支援団体とともに被告会社に交渉を迫り、これに対し、右交渉の要望を頑なに拒否し実力で対抗措置に出た被告会社との間に小ぜりあいが起きるなど対立緊張関係が続くなかで生起したものであり、かかる事態を生起したことについては被告会社に一半の責任がないわけではなく、また、原告らの右行動については、それ自体非難され、問題となる余地があるのは格別、そのことから、かかる事態を生起するにつき機縁を与えた被告会社の本件解雇が正当化されるものではない。

そうだとすれば、本件解雇後、右事情のもとでなされた原告らの行動をもって、原告の性向、資質に対する消極的評価の徴表としてその業務適格性を否定する資料とするに足りなく、したがって、右認定の事実を勘案してもなお、本件解雇を無効とした前記判断を左右するものではないというべきである。

三  賃金の支払請求について

1  以上によると、本件解雇は無効であって、原告は、被告に対し、労働契約上の権利を有しているところ、被告が、昭和五七年一月二三日以後、原告をその従業員として取扱わず、原告の就労を拒否して賃金を支払わないことは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、原告の一か月の平均賃金が一六万九〇二〇円であることが認められる。

2(一)  ところで、原告は、昭和五七年一月四日以降同年六月九日までに弁済期の到来した同年一月分ないし五月分の賃金合計として合計七七万一八五八円の支払を求めているところ、弁論の全趣旨によれば、被告会社の賃金の支払は前月一六日から当月一五日までの分を当月二五日に支給していることが認められる。そこで、原告の一か月の平均賃金は一六万九〇二〇円であるから平均賃金の一日分は五六三四円であり、昭和五七年一月四日から同月一五日までの賃金合計は六万七六〇八円となり、結局同年六月九日までに弁済期の到来している同年五月一五日までの賃金合計は七四万三六八八円となる。

(二)  しかしながら、原告が同年六月一五日、被告より賃金の内金として二七万〇七六八円を受領していることは当事者間に争いがないので、これを差し引くと、結局、同年五月一五日当時の未払賃金額は四七万二九二〇円となる。

3  昭和五七年五月一六日以降の賃金債権については、被告が原告の就労を拒んでいる態度に徴してその請求につき予め判決を求める必要が認められる。

四  よって、原告の本訴請求は、被告に対し、労働契約上の権利を有することの確認並びに、四七万二九二〇円及び昭和五七年六月二五日以降本判決の確定に至るまで毎月二五日限り一六万九〇二〇円の賃金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村雅司 裁判官 仁平正夫 彦坂孝孔)

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